とある大学生の備忘録

映画の感想と日常のつぶやき

なんで留年した?

今年で大学4年生になる。残念なことに、すでに留年が決まっている。

去年こそ申し訳程度に授業に行ったものの、2年生時代には全く大学に近寄りもしないという有様であった。

その結果が留年である。

留年のイラスト

留年する大学生は世の中にあふれているし、たいしたトピックにはならないと思うが、自己反省の意も兼ねて、以下にその理由を列挙する。

これから大学生になる皆さんには反面教師にしてもらいたい。

 勉強をする目的が見つけられなかった

まず、私にははっきりとした将来の夢や目標がない。

今まで親や先生が「勉強をしろ」と言っていたから勉強をし、大学に入っただけのことだ。

周りの人に「将来の夢は?」と聞かれたら、教師だ司書だとその場その場で最も歓迎されるであろう回答をしてきた。

高校までは出来るだけいい大学に入ることが目標であり、それが親の用意してくれたレールであった。

レールに乗った人のイラスト(女性)

将来について真剣に考えることをせず、第一志望の大学の中でも入りやすそうであった文学部に入学した。

いざ大学に入ってみると、目の前には無数の分かれ道があり、私にはどれを選んでよいのかが分からなかった。これは今も分からないままであるが。

そして、大学で学ぶ哲学や文学がこれからの人生にどのように役立つのか分からなくなった。

勉強が好きな人であったなら、目的などなくても学び続けることができるであろう。

しかし私はそうではなかった。

勉強など大嫌いなのである。

そうして大学での勉強に意味も楽しさも見出すことが出来なくなった。

 

加えて、周りの大学生達は、将来のビジョンを明確に持っていたり、興味がある研究テーマを突き詰めていたり、純粋に勉強を楽しんでいた。

そんな周りの人達と自分を比べて、勝手に劣等意識を持ち、大学で自分だけが浮いているような感覚を持つようになった。

そのように、居心地が段々と悪くなっていったこともあり、私は教室から姿を消した。

友達がいなかった

それでもまだ、同じ教室に友達がいれば、毎日大学に行き続けることが出来たであろう。

過去記事でも述べたのだが、私はサークルのコミュニティに馴染めないままやめてしまう癖がある。

 

tall-tree.hatenablog.com

そのようなコミュ障要素が積もり積もって教室で会えるような友達を作れなかった

教室で勉強をする子どもたちのイラスト

ここで大切なのは「教室で会えるような」という部分である。

つまり1人も友達がいない訳ではない。

しかし、その数少ない友達が揃いも揃って大学に行けない族なのである。

その中には、普段授業に行かないが、テスト前の猛勉強で全てを取り返す友達もいたし、麻雀にはまりすぎたゆえに授業に行けなくなった友人もいた。

それゆえ、そんな悪友らと怠惰の限りを尽くした生活をし、ますます大学には近づかなくなった。

自由に出来る環境

大学生になって一人暮らしを始めた。

それまではずっと親の目があって、夜に出歩くのもNGだったし、カップラーメンも自由に食べることが出来なかった。

そうして親元を離れたことであらゆることが自由に出来るようになったのである。

夜に友達と飲みに行ってもいいし、お腹が空いたら自由にカップラーメンやお菓子を食べてもいい。

休みの日は何時まででも寝てていいし、大学に遅刻するのも休むのも自由。

寝ている女性のイラスト(睡眠)

自分に甘く、超ロングスリーパーの私は、起こしてくれる人がいなければ、いつまででも寝てしまい、段々と昼夜逆転の生活になった。

そうして、授業に出席するのが困難になっていった。

強く生きようぜ

とりあえず思いつく限りの理由を列挙してみたが、振り返ってみるとどれもありふれた理由である。

大学に入るまではこんなあからさまな落とし穴に嵌るなんて想像もしていなかった。

もちろん親には申し訳ないし、自分自身の事を情けないとも思う。

 

ただ、ささやかであるが、大学に行っていない期間を通じて、得られたものや学んだことはあった。

というのも、大学に入ってからの3年間、授業には行っていないが、本当に本当にたくさんの体験をした。

たくさんのバイトを経験したり、初めて海外旅行をしたり、汚い大学寮で共同生活を体験したり、自分の趣味のサークルを立ち上げたり、本気で恋愛したりした。

劣等生ではあるが、刺激的な体験を通じて自分が成長したと感じるし、

今まで何も考えずに生きてきたこと

今まで見てきた世界はとても狭いものであったこと

私は世間知らずで未熟であること

を学んだ。

そして、これからの人生について真剣に考える機会になったと思う。

これでやっと常人のスタートラインに立てた気がする。

単純なことを学ぶのにとても遠回りをしてしまって、時間を要するけれど、着実に強く生きていきたい。